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May 14, 2004

漂流教室

ロの字型の校舎の北側の一階、奥まった所に地学室はあった。

 教室からはロの字の外側へ、コンクリートの三和土から裏庭に出る事ができ、
うっそうと茂った森へとつながっている。

 窓際には巨大な水槽がいくつもあった。概ね緑の藻に被われていて、中に
何が棲んでいたのかわからなかった。
 もしかしたら藻そのものを飼っていたのかもしれない。

 鉱物の標本やアンモナイトなどの化石、古い資料や生徒のつくったレポート
の束、分銅、天秤、使い道不明な器具、大量のはさみ、この地域の地層の断面
がわかるように作られたジオラマ、そして夥しい数のマンガ本が埃っぽい教室
の棚から隣の準備室まで所狭しと積み上げられ、崩れ落ち、散乱していた。
 2枚の上下する黒板にはいつも何か書かれたままで、暗幕垂れ下がる窓から
斜に幾筋か射す光には埃が舞っていた。

 この教室の主は宇留野という年老いた教師で、今どきめずらしい瓶底黒縁メ
ガネをかけ、白衣を着て強い煙草の匂いをさせていた。痩せ細っていて、この
教室に完全に同化して、闇に紛れ込んでいた。声の密やかな人で、寿命など無
視していつまでも生きていきそうな趣きがあった。まるで鉱物のように。

 地学は一年生の必須科目。最初の授業から近所の地層を探して彷徨い歩き、
沢の脇にある粘土質の崖から葉っぱだか何かの化石を採取した記憶がある。
 しかしその授業に面白みを感じたかといえばそうでもなくて、多くの生徒達
はただ外の空気を吸うのが嬉しかったというだけであった。特に人気のある講
議ではなかったが、嫌われてもいなかったように思う。

 さて、地学室には『漂流教室』が全巻完備されていた。

 授業中に順番が回って来るまでみんな辛抱強く待っていたものだ。

 そして食い入るように読み耽った。

 板書のカツカツという音と、水槽のろ過装置のモーターの音。

 緑藻の繁茂する埃っぽい地学室で授業中に読む漂流教室の怖さたるや…。

 トリップした小学校の廊下で怪物に襲われ食われる同級生を前に、
 気配を消すために『椅子になる』小学生たち。

 シーンとした教室で、叫び出したい気持ちをこらえながら読み進み、
じっとりとイヤな汗をかいてため息をつき、隣に本を回す。

 出来過ぎてる。今いる場所、そこがまさに漂流教室だった。
     
    *   *   *

 数年後のある日、友人とお茶を飲んでいたら何か視線を感じた。
 気配に振り向くとニコニコとこちらを見ている人が。
 赤と白のボーダーシャツを着ている。梅図かずお先生。シュールだ。

 そっと微笑み返した高田馬場のボストン2階席。

 --あれから何年たったかな。宇留野先生、お元気ですか。

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